奥田染工場・奥田様コメント

2015.5.29

Coci la elleのひがしさんに初めてお会いしたのは去年の暮れのことでした。ひがしさんは、大塚呉服店さんとの打ち合わせの日、「一度来てみたかったんです、これから奥田染工場さんに行くと聞いて付いてきました」そう言って大塚呉服店の方々と一緒にいらっしゃいました。その打ち合わせは、大塚呉服店の企画として、「ひがしさんの描く絵で、浴衣を作れないか」「それを来年、傘とともに発表出来たらどんなに素敵か」「もしそれが出来るとするなら、どんな方法があるか」というご相談を頂いたことがきっかけでした。 その日、初めてお会いしたのにすっかり意気投合してしまい、どんな浴衣が作れたら素敵かと随分遅くまで、話し合いました。当初は手描きは手描きでも、同じ2種類の浴衣を16着ずつと、スペシャルな浴衣3着を作ろうというお話でした。当日になり、「明日が工場で本番かと思うと、興奮してしまって」と言って現れたひがしさんは、やりたいことをまとめたメモを広げると、そこから、一枚一枚、違う色を、とても自由に、一反の布の上に広げていきました。 自分の工場には、本当にたくさんのデザイナーが足を運びます。それをいろいろ見てきたけれど、ひがしさんは、布に手描きで色を広げていくということが、どういうことかを感覚的にわかっている人。うちの工場で、はじめて手描きをして、こんなにうまく描ける人は初めてでした。やっぱり最初はわからないから、回数を重ねるまでうまく出来ないものです。でも、ひがしさんの頭の中と、目の前で起きている布の上で広がっていく色との間に、齟齬がない。答えがちゃんと見えているし、有機的に変わっていく布の表情にちゃんと答えようとしながら描いている。ひがしさんの描く傘がそうであるように、どれひとつ同じではなくて、そのひとつひとつがとても魅力的で生き生きとして、様々な心を与えられていく布達。どれも本当に素敵で、生まれる布を見守りながら、心が躍るような感動を僕らは共有しました。 世の中には同じ物が並びます。どうしたって生み出される物は、こうなりなさいと、整列させられて同じ顔にさせられてしまう。それでも、同じに見えるだけで、本当は同じ物なんて、何ひとつないのですが。今回の浴衣は大塚呉服店さんにとっても、自分たちにとっても、Coci la elleの方々にとっても、初めての挑戦でした。その初めてだからこそ抱いた一瞬一瞬の感動が、もしこの一着一着を通じて伝わったらと思います。どれひとつ同じ物がない。同じ物がないからこそ、一着が共鳴する方と出会い、そしてそれが描く時に抱いたひがしさんの一瞬と重なって、身につける人のためのただひとつの一着になっていったらどんなに素敵なことだろうと思います。 生まれた物がどこかの誰かの大切な時間に寄り添うように存在し、その時間を少しでも鮮やかなものに出来るような一片であったら、それがきっと僕ら物作りに携わる人間の一番の幸福であり贅沢であると思います。   奥田 博伸(Hironobu Okuda) 1979年東京、八王子生まれ。2010年より、(株)奥田染工場 代表取締役。文化服装学院や多摩美術大学にて非常勤講師。浴衣ブランド「phro-flo」を展開。数多くの東京ブランドの染め加工に携わる。 www.okudaprint.com

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