高野萌インタビュー

2015.7.3

Coci la elle Interview Ⅱ 高野萌さん

コシラエル本店第二回目の展示は、 日常に散らばる小さなものを、 糸や紙や布であらわしている高野萌さん。 不思議な形、だけど何か惹きつけられる 高野さんの刺繍はどのようにして生まれるのでしょうか? 新しい一歩を踏み出した高野さんの魅力を是非お読みください。 高野 萌
 1988年長野県生まれ。 幼少期より拾ってきた屑や紙や布や刺繍を用いて小さなものを作っている。 2014年息子が誕生後、好きな工作や刺繍をしながら 子どもを育てていくことを決意。 日傘ブランドCoci la elleの刺繍のデザインと製作を一部担当している。 また、ダンスカンパニー・クリウィムバアニーに所属中。


_では、まず高野さんの小さい頃をお伺いしたいのですが、 どのような子供時代を過ごしていたのでしょうか? 高野萌(以下T):長野県の田舎で生まれて、 18年間上京するまでそこで過ごしていました。 昔から、本を読んだりシルバニアファミリーで遊んだりするよりも、 ものを作ることや外で遊ぶことが好きでしたね。 ほとんど「野にいた」という感じです。 自然の中でも、庭いじりやお花が好きな祖母の影響もあり、 お花や枝、木や実が好きで、そういうのを拾って集めてきては、 土の上にそれを並べたりして遊んでいました。 小学校の頃、登下校中にも そういう身近に落ちている自然物が気になってしまって、 寄り道していまい、よく先生に怒られたりしていました。 でも、寄り道をしてしまうことは 自分の中では「しょうがない」ことだと思っていたので、 気になるものがあるとしていましたね。 他にも、その頃糸で縫うことが好きだったのですが、 家庭科の時間にみんなで同じものを手順通りに作る っていうことがすごく嫌で、 なぜかというと、そういうものって、 自分の想いとかを詰め込むことができないじゃないですか。 なので、いつも変なものを作ったりして、 そういうところでも先生を困らせていました。 その時作っていたものは、布の食器や台所などですね。 このあたりは、今とも繋がっている気がします。 でも、小学校高学年になると、周りが大人っぽくなってきて、 そんな中で自然物を拾ったり、変なものを作ったり 「自分は幼いことをしているなあ」と思い、 そういうことを躊躇する時期もありました。 中学生になると、「つくる」ということをしなくなり、 部活と普通の学校生活を送っているっていう感じでした。 _では、いつ頃「つくる」ことと「仕事」が結びついてきたのでしょうか? T:高校生頃でしょうか。 周りからの情報により、つくることが仕事でもできるんだ、 ということを意識するようになりました。 例えば、美大や専門学校や服飾の学校に行くこととか。 わたしの中では、それまで「つくる」と「仕事」は全く結びついていなかったので、 そういうところがそんなにすごいところとは知らなかったです。 高校では、つくってはいたけれど密かにやっていたという感じで。 あまり、人に見せたりはしませんでした。 自分の中ではそんなに大したことをしていないっていう感じでもあったので。 また、その頃から服をつくることにも興味を持ち出しました。 地元の同じように服飾に興味がある仲の良い友達と2人で、 こそこそと情報交換をしたりしていましたね。 今思うと、あの頃から始まっていたのかな、と思います。 _服作りはその後、されたのですか? T:大学とは別に、早稲田大学の「繊維研究会」というサークルがありまして。 そこは主に服飾の学校に通っていない人たちがいる、 誰でも入れるわりと古典的なサークルなのですが、 つくることをちゃんとやろうとする人たちが集まっている団体でして、 大学の4年間はそこに所属していました。 そこで、自分でパターンをひくところから始まって、 毎年ファッションショーも行っていました。 そこでも、手縫いで服をつくったりしていましたね。 自分でどういうものを作ろうかなって思った時に、 小さい頃からやっていた小さいものをつくることが自分らしいかなと思い、 刺繍もその時に始めました。 _大学では何を勉強されていたのですか? T:大学では、美術史を専攻していました。 ですが、歴史って色々な説があるし、本人はもう亡くなっているので、 昔のことをどんどん掘り起こしているだけで 楽しくないなあっていう時期がありました。 なので、卒業研究は未来のことにシフトしたことにしようと思って。 もともと、子どもがつくるものに興味があったので、 そのことと美術の関係について研究をしたりしました。 他にも、美術館の子どもが造形したりできるスペースのところで インターンをしていました。 _大学卒業後はどのようなことをされていたのですか? T:大学を卒業して、そのインターン先に就職して、 その時はアーティストの方に助成金を出したりする 中間支援のような部署でのお仕事をしました。 でも、そこは一年くらいでやめてしまって、 そのあとはアート関係のNPO法人で、こどもたちと現代アーティストや演劇の方が 一緒にひとつの作品をつくるプロジェクトのコーディネーターの仕事を3年間しました。 大学を卒業してからも、小さいものをつくるのは好きでしたが、 その時は誰かに何かを発信するというよりも、 オフィスで見つけた可愛いものを集めたりしていましたね。 「あつめる」ことが普通の感情のようだったのだと思います。 なので、これを誰かに見せるまでは考えていませんでした。 _いつ頃からこれを仕事にしようと思われたのですか? T:快快(ファイファイ)という劇団に 大道寺梨乃さんという方がいらっしゃいまして、 梨乃さんのソロ公演「ソーシャルストリップ」で、 劇のあとにお客さんが持ち帰られるものを作ろうということで、 自分で作った巾着を売ったことがキッカケです。 その時、初めて自分の作ったものを売りました。 梨乃さんや快快の方々は、劇場でやるものだけが演劇じゃない、 と未来の演劇を目指している方で。 なぜ巾着だったのかというと、 その時の劇中に巾着の中で演劇をしている、 という感じで梨乃さんが巾着に入る場面があって、 それをそのままお客さんが持ち帰られるようにしよう、 そうしたらお客さん自身も巾着の中で 自分の演劇ができるんじゃないかなっていうことになり、 それは未来の演劇だね、って。 そして自分が作ったものを売るっていうことは、 面白いし嬉しいことだったなあって思い、 作ったものを売るっていうことを仕事にできたら なんて素晴らしいことなんだろうって思いました。 その時に、小さい頃に自分がやっていたことと 今やっていることが重なった気がして。 その時に、 「自分の集めているものは無駄にならない。よし、これからやっていこう」 って思いましたね。 _ちなみに、集めたものの量はどれくらいですか? T:今、手元にあるのはファイル2〜3冊くらいですかね。 あ、でもそのままダンボールに入れているものもあります。 でも、昔のものはきっと捨ててしまっていますね。 あれば面白かったなあと思うんですけど‥。 _刺繍や工作に行き着いた理由は? T:小さい時からずっとやっていたので、 自分なりにもキャリアというかやってきた感がありました。 他のことだとこれから始めるのは時間がかかってしまうので、 これならやれるって思ったんです。 あと、手縫いのものが好きなのは、 最初自分がイメージしていたものよりも 全然違うものができるっていうところです。 自分でこういうの作ろうって張り切るんですけど、 途中から飽きるというか、 これよりもっといいものがあるんじゃないかって思えてきて、 どんどん自由に広がってきて。 刺繍とかも私は全然図案通りにできなくて、 でも紙で書くのと針で刺すのとでは全然違うものができる、 ということがすごく楽しいです。 _つくるまえにはモチーフがあるんですか? T:最初に糸の色だけは決めています。 モチーフは決めていても途中からどんどん変わってきます。 自分の刺繍が「あれ?これ全然思っていたのと違った」って思うこともありますし。 そう思うと、最初から決めていることはあまりないですね。 _今回も、傘にいろいろくっついていますね。 T:本当は、紙もくっつけて経年変化とかを見てみたいなあ、 と思ったんですけれど持ちにくいかなあとも思い、 今回はくっつけていないです。 _紙が好きな理由とかはありますか? T:紙って、売っているようで売っていないものがよくありますよね。 例えば、区役所から送られてくる封筒の透明のセロファンの部分とか。 きっと、紙の見本のお店に行けばいろいろあると思うんですけれど、 日常にあるそういうお知らせの手紙とか、お菓子の包み紙とか、 カットしてあるものとかに出会って、 「これすごくいい」って思ったらとっておくんです。 _一番最近集めた紙はなんですか? T:風邪をひいていた時に、 買ってきてもらったケーキの台紙がすごく可愛いなあと思って集めました。 他にも、カステラの箱に書いてある絵とかも可愛くて。 カステラは面白いものが多いです。 _コシラエルとの出会いはいつですか? T:コシラエルのことは昔から知っていて、 直接ちかさんにお会いしたのは去年のガレージセールの時が初めてですね。 この時も快快の大道寺梨乃さんが「萌ちゃんに絶対に紹介したい!」と言ってくれて、 ちかさんにお会いする機会をあたえてくれました。 それから、展示用に古い着物を日傘にしたものに刺繍をしたりしました。 それが、コシラエルとの初めてのお仕事です。 _人生で大切にしていることはありますか? T:重要なことを重要だと思わない性格で‥‥。 なんでしょうか。 でも、お話は好きですね。 物語とか、いい嘘も好きです。 希望を感じるお話とか、嘘とかいいなあって最近思っていて。 今回の展示の「よくみる夢が・・・」っていうのも、 昔からすごく変な夢をよく見るんですけど、 その時に出てきたものとかも覚えていて、 それを日傘につけたら面白いかなあと思ったり、 現実とはちょっと違うところにいいものがあると、 すごく前向きな気持ちになれるし、 希望があっていいなあと思うので、 そういうものをくっつけようと思いました。 演劇とかも好きですし、最近読み始めた漫画も好きです。 あと、持ち物で特別好きなものはないですね。 物にあまり執着していなくて。 なくなったら、なくなったで 「あ、そういうことだったのか」と思って。 無形のものって人の自由だから、 そういう想像の方が希望を感じるので、そういう方が好きですね。 _漫画は何をお読みになるのですか? T:楳図かずお先生の「わたしは真吾」っていう漫画を 子供がうまれる前に読んだのですが、 もうすごく感動して、「死ぬ前に読めて良かった!」って思って。 そこから漫画がすごく好きになりました。 製作が終わったら「よつばと!」という漫画も読もうと思っています。 _では、今回どんな展示にしたいですか? T:生き物っぽい展示にしたいです。 子どもや生き物がいるってそれだけで空気感がある、 目に見えていなくても「いるな」ってわかる、 それがすごくいいなあと思うし、すごいなと思って。 そういうことは、子どもを産んだり猫と暮らしている中で思ったことで、 そういう生き物っぽい、野生みたいな空気感を出したいですね。 なので、静かに座っているという展示よりも、 生き物が動いているような展示にしたいです。 _ダンスカンパニー・クリウィムバアニーに所属してらっしゃるとのことですが。 T:「笑」って感じなんですけれど。 菅尾なぎささんという方が主宰の、すごく面白い団体です。 まさに去年のちょうど今頃からですね。 三軒茶屋のシアタートラムでの公演に初めて参加しました。 クリウィムバアニーには、女の人しかいなくて、 ダンサーを職業にしている方というよりは、 普段は普通の生活をしているっていう方がたくさんいます。 公演もすごくまばらで、劇場でやることもあれば映像だけの時もあります。 振り付けも全然ダンスっぽくないですね。「発生している」っていう感じです。 秋くらいから次の公演の練習も始めます。生で見てもらうと、本当に変ですよ。 _今後の目標はありますか? T:刺繍や自分のつくっていたもので、 ちゃんと仕事をしていきたいなって思っています。 ちかさんとお話した時も、「すごいな」と思って。 自分の好きなことを仕事にして、子どもを育てていくべきだって思っているので。 刺繍以外でも工作とかでも、 他の人たちとこれから色々なお仕事したりしていけたらなあと思っています。 でも、やっぱり刺繍をしていけたらなというのが一番の思いです。
刺繍のひとつひとつから あらゆる物語が渦巻いているような いろいろな想像が頭の中をよぎります。 少しノスタルジックで、 でもファンタジックな高野萌さんの世界は 見るたびにあらゆる発見があるような。 刺繍作家・高野萌さんの今後の世界観に注目です。

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